Filed under 御文章・教えいろいろ, 御文章・5帖 | Posted 5月 1, 2009 |
御文章に、おくれ先だつ人は、本の雫・末の露よりも繁しといえり。
雨のように堕ちゆく人々・・・
と書いてありますが、人が死にゆくさまは、雨の日に木の枝から雫が滴り落ちるよりも激しいとの仰せだそうです。お釈迦様にある時、お弟子が尋ねました。
『世尊は一切の知人、何事でも苦痛におぼしめすことはないのでしょう』
その時釈尊は、こうおっしゃっています。
『そのとおりだ。しかし、ただ一つ苦痛に思われることがある。刻々と縮まるはかない命を持ち、念々に近づいている後生に驚かず、雨の降るごとく地獄へ堕ちゆく人々のことを思うと、胸が張り裂ける思いがする。私の苦しみはこのことだ』と。
世界の年間死亡数は、六千万とも七千万ともいわれています。今日1日だけで、何十万もの死者が出ているか分かりません。まさに雨が降るがごとくですね。時計の針がカッチンと時を刻む間にバタバタと数人の人が死に、次のカッチンでまた幾人かが死ぬ・・・。そしてそこにいつか必ず自分も入るのです。
されば、朝には紅顔ありて、
夕には白骨となれる身なり。
とありましたが、死というのは突然にやってくるものです。朝、『行って来まーす』と、元気に家を飛び出せるのは、『行って帰って来ます』と言っているからなのですね。『だから、おいしい晩ご飯を用意しといてね』という意味も含まれているのかもしれません。ですが行ったきりでは、帰って来れませんよね・・・。そんなことが、連日連夜、テレビや新聞でどれだけの報道がされていることでしょう。
8月になるたび、回顧される日航機墜落事故。まだ十代である娘2人亡くしたある母親は、事故後も二人のために玄関を開けていると語るのだそうです。『表で自転車がキィーッて止まったら、あ、帰ってきたって』(吉岡忍著『墜落の夏』)
あの夏の日に、出かけて行ったきり、帰ってこないとは誰も夢にも思っていなかったのです。
御文章の中には、こう言った深い意味の言葉がたくさん込められているのですね。