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御文章・聖人一流の章(2)

Filed under 未分類   |   Posted 9月 25, 2009   | 

「聖人一流の御勧化の趣は、信心を以って本とせられ候」 について、話をしていました。

「聖人」とは、親鸞聖人のことでありました。

「聖人一流の御勧化の趣は」とは、親鸞聖人90年のみ教えは、ということです。

「一流」とは、「いちりゅう」と読みます。親鸞聖人の教えのことを、御文章では、よく「一流」

とか「当流」と言われます。極楽へ行けるただ一つの教え、ということです。それに対して、

親鸞聖人の教えで無いものを、「他流」といわれます。「他=地獄」へ流れる(ゆく)、

ということです。

「信心を以って本とせられ候」 とは、どういうことでしょうか。

まず、「信心」 とありますが、ここは注意が必要です。ふつう、「信心」と聞くと、

「イワシの頭も信心から」などの言葉を思い浮かべ、なんでもかんでもその人が尊いと

信じていればそれが信心と思っています。

キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、世界にはいろいろな宗教があります。

また、日本でも、日本神道(いわゆる神信心)、創価学会、天理教、・・・沢山の宗教

があり、それぞれ、信心、信心と言っています。

ところが、親鸞聖人や蓮如上人が仰言る「信心」は、雑多な宗教で言われるところの

「信心」と、字は同じ、読み方も同じですが、中身は、日本とスッポン以上に異なります。

この違いを知らないと、親鸞聖人の教えもまったくわかりませんし、親鸞聖人の教え

しか書かれていない御文章も、まったく読めません。たとえ表面だけ読んでいても、

中身はまるでわからない、ということになってしまいます。

そこで、少し難しい内容になっていきますが、「信心」について、お話していきたい

と思います。

では、まず、世間一般で言われる「信心」からお話します。


 

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