御文章 死出の旅路は丸裸
Filed under 御文章・教えいろいろ | Posted 12月 18, 2009 |
前回からの続きです。
御文章に「まことに死せんときは」 と言われているのは、いよいよ死んでいくときは、ということ。
「かねてたのみおきつる妻子も財宝も」とは、今までたよりにしてきたすべてのもの、ということです。
私たちは、何かをたよりにし、あて力にしなければ、一日たりとも生きてはゆけません。
夫は妻を、妻は夫をたよりにして生きています。
親は子供を、子供は親を力にして生きています。
金や財産、地位や名誉を力にして生きています。
まだまだ生きておれる、と、健康や命をたよりにしていきています。
「我が身には一つもあい添うことあるべからず」とは、病気のときは妻や子供が介抱してくれれば、
あて力にもなりましょうが、死んでいくときは、どんな愛する家族もついてはきてくれません。
金も財産も、名誉も地位も、すべて置いてゆかねばなりません。紙切れ一枚持ってはゆけません。
この肉体さえも焼いてゆかねばならないのです。
日本の歴史上、もっとも成功したといわれる秀吉も、臨終には、難波のことも夢のまた夢、と、
寂しくこの世を去っています。太閤にまでのぼりつめ、聚楽第をつくり、栄耀栄華を極めたことも、
夢の中の夢のような、はかないものでしかなかった、と告白しています。
まさに、蓮如上人が、「我が身には一つもあいそうことあるべからず」と、御文章に書かれている
通りではありませんか。